我が家には中1と小3の子どもがいて、どちらもダイニングテーブルで勉強しています。
リビング学習には、親の目が届きやすかったり、気軽に質問できたりと良い面もあります。
ただ、その一方で困っているのが「散らかる問題」です。
教科書、ノート、プリント、筆箱…。
子どもたちは使ったものを、置きやすい場所にどんどん置いていきます。
カウンターの上。
戸棚の上。
ダイニングの端。
気づくとリビング全体が雑然としてきて、私はだんだん落ち着かなくなってきます。
もちろん、「片づけなさい」と言うのは簡単です。
でも、そもそもなぜ散らかるのか?
そこを考えてみることにしました。
子どもにとって“便利”だから
子どもが手に取りやすい場所に物を置くのは、とても自然なことだと思います。
実際、教科書や筆箱がすぐ取れる場所にあると、勉強を始めるハードルは下がります。
親から見ると「出しっぱなし」でも、子どもからすると「使いやすい配置」なのかもしれません。
だから単純に、「置くこと=悪い」とも言い切れない気がしています。
「なぜ片づける必要があるのか」が分からない
「片づけて」と言うと、
「明日の朝また使うのに」
と言われることがあります。
確かに、また使うものなら置いておいた方がラクです。
子どもからすると、かなり合理的な考え方なのだと思います。
ただ、暮らしというのは放っておくと少しずつ乱雑さが増えていきます。
これはモノだけではありません。
宿題も、掃除も、書類整理も、少しずつ手をつけておかないと、あとで一気に負担になります。
気づいた時には、
「もう一人ではどうにもならない」
「大変すぎて手をつけたくない」
そんな状態になることもあります。
だから私は、「使ったものを元に戻す」という小さな習慣は、暮らし全体を整える練習でもあるのかなと思っています。
“片づいた状態”を知らない可能性もある
大人は、自分の感覚で
「散らかっている」
「片づいている」
を判断しています。
でも子どもは、まだその基準を十分に持っていないことがあります。
例えば、
「このくらい整っていると、みんな気持ちよく過ごせる」
という完成形が共有されていないと、多少散らかっていても、その状態に慣れてしまいます。
そして特に何も感じなくなる。
これは子どもが悪いというより、単純に経験の差なのだと思います。
片づけやすい“仕組み”になっていない
学校へ行くとよく分かるのですが、教室って意外と仕組み化されています。
学校で使うものは決まっていて、置き場所も決まっている。
さらに、自分専用の収納スペースがあり、その範囲で工夫しながら使っています。
だから、物が溢れにくいのだと思います。
家の場合は、つい何でもリビングに集まりやすくなります。
だから、
- リビングに持ち込むものをある程度決める
- 子ども専用の収納場所を作る
- 「とりあえず置き」が発生しにくい動線を考える
こうした仕組み作りが大事なのかもしれません。
「誰も悪くない」から始めたい
リビングが散らかる時って、外で色々なことが起きている時でもあります。
忙しかったり、疲れていたり、気持ちに余裕がなかったり。
だから、
つい置いてしまう子ども。
それを見てイライラする親。
どちらも悪者ではないと思っています。
ただ、散らかり続けると、不思議と心まで落ち着かなくなってくる。
だからこそ、「責める」よりも、「どうすれば少しラクになるか」を考えながら、少しずつ手入れしていけたらいいのかなと思います。
親の“片づけへの熱量”は、子どもにはまだない
ちなみに私は、実家を売るという、かなり大変な片づけを経験しています。
その時に、「日々少しずつ整えておくこと」が、後から本当に効いてくると痛感しました。
だから片づけや整理整頓に対して、かなり強い関心があります。
でも、子どもにはまだそんな実感はありません。
放っておけば、自然と散らかっていく。
それもある意味、普通なのだと思います。
だからこそ、ある程度は親側が環境を整えたり、仕組みを作ったりする必要があるのかなと感じています。

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